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創作のカルマは自立している - Mさんの個展

おどろき と 発見 (顕れの類である)を創作とし

ならされた 美的感覚を ゆるがす

抵抗と 感ぜられうる 仕事

創作のカルマ は 自立している

いまKittyで展示してくれているMさんといろいろな話をしていて。

ときに他人の展示をやる活動に疑問を感じる所謂「干潮マインド」も正直にあるなか、いま「満潮マインド」とは明らかに異なる静かな歓びを感じていることを記しておきます。作家活動を行う人間としての在り方そのものであると思うし、その人間の行う表現の形態としての展示がここにあるのだと思い...

たいへん勉強になります。Mさんと出会えて関われていることは喜びであります。

創作の喜びを体験できるのは、用意され既に規定された価値付けられたものではなかったという「驚き」や「発見」であり、図らずして目の前を突き破る各々個々に対しての抵抗的な革命的なものです。図らずして抵抗というのが伝わりずらいのですが、自らをPurifyするような作用のように思います。Against my literacy。ご興味ある方はどうぞ自主的な勉強に励んでくださいませ。

自由になった蚊取線香

蚊取線香画

花火画

そして爆竹

彼の「自由」

とおく放たれた等身大の生のさなか 感ぜられうる 「自由」

ならされた美的善的感覚をゆるがすもの

「固定観念」であり、「偏見」であり、価値付けられた「ちがい」であり。それらをおのれを包摂した他者と共にすることを可能せしめるのは「宇宙」に存在しない空気で。そのしくみは重力で。あたりまえで。共通するのはあるけどないという無のみで、その先に美を体感することは誠実で、それを共有できると想うのは不誠実で。わかっていることをわからないふりすることやわからないことをわかったふりをする言語体系などでなく。感服するのは直感と意識の扱い方、つまり行為だ。

大日如来

節電するビルヂング

Tシャツ

装置

美をために生きるのか 生きるために美をするのか

そういう命題をあたえられたとして仮の思考

生きる ため に 美 術 を するのか

美 術 の ため に 生きる のか

美 は 術に よらず すでに あるのではないか

仮 の 命題

認められないことは 幸福なのか

認められないことは 不幸なのか

だれ が だれ を みとめ ている

だれ が だれ に みとめ られている

認められたと想うことは 不幸なのか

認められたと想うことは 幸福なのか

仮 の 命題

森羅万象 すべては表現 で まやかしなのか

かれら共に 太陽の下で 考えたい ような 命題


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