【Review】<アンビエントとノイズ> Ambience and Noise
- Snoo
- 2016年3月21日
- 読了時間: 3分

直訳すると
「環境の」とノイズ
環境音楽
イーノのアンビエント・ミュージックの着想には、サティの《家具の音楽》や、周囲の偶発的な音を傾聴するケージといったコンテクストがある。「聴き手に向かってくるのではなく、周囲から人を取り囲み、空間と奥行きで聴き手を包み込む音楽」と一般には言われている。
「大行進」の臭いは消さなければならない。環境音楽という大行進しやすい説明的な名前は世俗的な弱さと重さを感じさせる。家具の音楽が詩的で浮遊していていいじゃないかと思うのだが、ケージを経験した時代がそう名前を要求したのかもしれない。あるいは、空港の音楽のようなちがった意味での時代の要請とも言えるだろう。イーノのクオリティの善し悪しはここでは問題にならない。もちろんジャンルはどんどん捏造するもので、そのテクニックがわけのわからないほど音を観照するにはすばらしいのかもしれない。しかし、これらはすべて戯言で、音との関係はほぼないと言うこともできるだろう。
実際のイーノは、交通事故後、寝たきり療養中にアンビエントの着想を得たという。面会に来た友人の付けたままにしたラジオの音。スイッチを変えることもつまみを回すこともできないその状況で、かろうじて聴くことができるくらいの音量の音をそのまま受け入れることで覚醒したと言われている。ヴォリュームを上げる以外に、小さな音を小さいまま聴くという選択支の示す別コンテクストの可能性を見出したのだろう。
ディープリスニング
ポーリン・オリベロスの造語には、瞑想そして修行の観念が漂うが、本質的にそれは真に音を味わおうとする欲望の先のひとつの可能性のことを考えさせるものだ。しかし、それは謎解きの罠で、極めようとしてはいけない。ただ可能性を常に肯定しつづけるだけで良いのだ。
高価な肉を食べる時にする目を閉じて、その真価に集中しようとする行為。年末には必ずする一年の納めのために食べる寿司をじっくりと味わって食べるようは儀式的な行為。初めて食す異文化料理を味わおうとする貪欲な行為。音意識としての小さな音の乱れが安定期に入り一定に揺れる周波数により遠くへ導かれていく内に、その背後からは和声のもたらす虚音が幽霊のようにひやーとゴーストトーン、と思っていたらボディ・ソニックがやって来てひりひりすることになる。が、これはイメージである。どんな役者も芝居である事をわかって芝居する。不可能な修行という複雑さを受け入れる事を求められるのである。
ディープリスニング、でもテクノイズが気になったのとディープリスニングにはkittyの冷蔵庫が邪魔だなあと思いました。どうしようっていう
<アンビエントとノイズ> Ambience and Noise 3/19 土曜日 SATURDAY 19 March / 7pm Open LIVE:・Overscan (Melbourne) ・Endurance (Toronto) OPEN CHARGE(投げ銭) + 1DRINK ORDER 今回の○○とノイズシリーズは、、アンビエントな外国出身のお二人を迎えします。 ▼Overscan (Melbourne) https://soundcloud.com/bat-king ▼Endurance (Toronto) https://soundcloud.com/joshua-stefane
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