【Review】池田慎 個展 ”浣腸とノイズ - Enema to Noise -”
- sn*
- 2015年11月13日
- 読了時間: 2分

11/9より11/21までKittyにて開催中の池田慎 個展、すでに少なからぬ人にお付き合いいただいています。
池田慎の作品は、いまを生きている中で湧き起こる自意識を調和させる作業のようです。自意識は人間誰しもが持つもので、ここにおいて彼の創作を現代美術へ参加させる過程は、それが強いという他との比較した際の差ではなく、その扱い方の違い故のことと思います。
彼の時間を要する手芸の手作業、そしてそれを観察する真の自分がエゴである自意識を調和させることを望んでいるように見えます。その過程は制作ではなく製作的な労働でしょう。もっと言うと、ひとは彼の作業がだれでも可能なことを気がつかないで器用ですねーと称賛する。
手作業という字面は、ふと、工業制手工場という中学の歴史の教科書に出てくる単語を思い出させます。彼の手作業はリズムで、理性の暴力によってリズムから離されてしまうことへの抵抗感がエゴを調和させていくのでしょうか。
それはちょうどそれ自体が表現である詩のことばが論理である散文の文章になることを拒否する抵抗感のようかもしれません。
彼は彼の創造主体を手作業の労働によって譲り渡します。その譲り受ける主体は素材で、素材に能動性を譲り渡すことで、素材が発する問いかけがあるとすれば、それは体験者の真の存在からの問いかけとなりましょう。
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